2018/04/22

ヌード展

横浜美術館で開催中の『ヌード展』に行ってきました。

2年にわたり世界を巡回し話題になった英国テート所蔵作品による『ヌード展』がようやく日本に上陸。古典文学や神話、聖書を題材にした裸体表現に始まり、ラファエル前派や印象派、ロダンやムーアの彫刻、さらには同性愛や人種問題、フェミニズムの視点に立ったヌード作品など、ソフトなものからハードなものまで実に多様でした。

イギリスの美術館だけあり、プロテスタントで性的な表現に厳しかったイギリスの歴史的背景から話が始まり、そこから入るのかい!とも思いましたが、特にイギリスの画家・アーティストの作品に偏ることなく、バラエティに富んでいました。ちょっと間違えば無難な展示、分かりやすい展示で構成されそうなところを、鑑賞者におもねることなくヌード芸術に正面から向き合うという真面目な観点が素晴らしいと思うし、日本の美術館ではここまでの突っ込みはできないではないかという、さすが性表現の受容が進んだ西欧らしくとても興味深い内容になっています。(東京国立近代美術館や横浜美術館など国内の美術館の所蔵作品も一部展示されています)


展覧会の構成は以下のとおりです:
1 物語とヌード
2 親密な眼差し
3 モダン・ヌード
4 エロティック・ヌード
5 レアリスムとシュルレアリスム
6 肉体を捉える筆触
7 身体の政治性
8 儚き身体

フレデリック・レイトン 「プシュケの水浴」
1890年発表 テート所蔵

宗教画や歴史画であっても裸体表現がなかなか受け入れられなかったイギリスでようやくヌードが描かれるようになったのが19世紀。ラファエル前派に代表される理想化されたヌードが芸術として認められるようになったのはアカデミズム偏重主義への反発といったイギリス的な時代背景もあるのでしょうか。ルネサンスやゴシック期の裸体表現に比べると、たとえばレイトンの「プシュケの水浴」やアルマ=タデマの「お気に入りの習慣」、ドレイパーの「イカロス哀悼」のリアルな肌の質感や過度な美の追求、肉体美の表現、欲望の視線は余程扇情的な気もします。

ハーバート・ドレイパー 「イカロス哀悼」
1898年発表 テート所蔵

レイトンの理想化されたヌードの絵画に対抗したのがソーニクロフトの理想化されたヌードの彫刻。「イカロス」はまるでギリシャ彫刻のような美しい身体性と筋肉のリアルな表現性が素晴らしい。股間を葉で隠しているのは自主規制?

ピエール・ボナール 「浴室」
1925年 テート所蔵

ただ単に時代の流れとともにヌードの表現がどう変わっていったのか、ということを見せるだけでなく、同じヌードというテーマでさまざまな美術運動やそれぞれに特色ある表現方法を観て行くことができて、これが予想以上に面白い。

ドガやルノワール、マティスにボナール。テートの優れたコレクションとはいえ、作風はそれぞれに見慣れたものですが、ヌードが宗教や神話から抜け出し、現実の、親密な距離に置かれたという点では当時は相当挑戦的な表現だったのでしょうし、ここにマネがあればと思ったりもしました。

ピカソ晩年の「首飾りをした裸婦」は相変わらずのインパクト。ジョルジュ・デ・キリコの初期作品やバルテュスも良かった。ハンス・ベルメール、マン・レイもユニーク。スタンリー・スペンサーの「ふたりのヌードの肖像」も生々しい。

オーギュスト・ロダン 「接吻」
1901-04年 テート所蔵

そして、なんといってもロダンの「接吻」の肉体表現の素晴らしさ。大理石の白さが筋肉の繊細な動きを際立たせ、うっとりするほど美しい。360°観ることができるのですが、観る方向によって景色が変わり、物語が違って見えてくる気がします。これだけ写真撮影可。



ヌード展なんだし、多少エロティックな作品があっても驚きはしませんが、別の意味で驚いたのがターナーのヌードスケッチ。ターナーの名誉のためにとターナーの死後に処分されたらしいのですが、処分漏れがあったのか近年発見されたのだそうです。ターナーというとイギリスを代表する国民的画家。風景画家として知られますが、裸婦のスケッチや中には性行為中の男女のスケッチなんかもあって、ちょっと衝撃的です。

デイヴィッド・ホックニー 「23, 4歳のふたりの男子」
(『C.P.カヴァフィスの14編の詩』のための挿絵より)
1966年 テート所蔵

大好きなホックニーのヌードスケッチが観られたのも嬉しい。ルシアン・フロイドの「布切れの側に佇む」には圧倒されました。これが観られただけでも来た甲斐があるというもの。ベーコンの「ミュリエル・ベルチャーの肖像」と「横たわる人物」は日本の美術館からの特別出品。やはりこうして観るとベーコンの存在感は強烈。テートからはベーコンのスケッチが来てますが、テート所蔵の油彩画はヌードではないんですね。

フランシス・ベーコン 「スフインクス-ミュリエル・ベルチャーの肖像」
1979年 東京国立近代美術館蔵

ルシアン・フロイド 「布切れの側に佇む」
1988-89年 テート所蔵

人種や性の多様性、フェミニズム的視点、そうした観点がヌード表現とリンクしてきたのはここ数十年のことかと思っていたのですが、実は70年代にはすでに政治的主張の場として裸体表現がクローズアップされていたのだそうです。伝統的なヌード表現や既存の女性像に対する反抗。古典的なオダリスクの構図を借りた黒人男性の裸体、筋骨隆々な女性ボディビルダー、出産直後の母親と赤ん坊、何か性暴力を思わせるようなシンディ・シャーマンの“ピンク・ローブ”…。ヌードという固定観念を破ろうとする流れとともに新しいヌード表現への挑戦が見て取れます。

下村観山 「ナイト・エラント(ミレイの模写)」
明治37年(1904) 横浜美術館蔵

横浜美術館の所蔵品コーナーも関連作品を展示。『ヌード展』に展示されているミレイ作品を模写した観山や小倉遊亀といった近代日本画家から諏訪敦、松井冬子といった現代アーティストまで。こちらも忘れずに。

諏訪敦 「Stereotype Japanese 08 Design」
2008年 横浜美術館寄託

松井冬子 「成灰の裂目」
2006年 横浜美術館蔵

小倉遊亀 「良夜」
昭和32年(1957) 横浜美術館蔵


【ヌード展-英国テート・コレクションより】
2018年6月24日(日)まで
横浜美術館にて


官能美術史: ヌードが語る名画の謎 (ちくま学芸文庫)官能美術史: ヌードが語る名画の謎 (ちくま学芸文庫)

2018/04/07

猪熊弦一郎展 猫たち

Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の『猪熊弦一郎展 猫たち』を観てきました。

昭和を代表する洋画家で、特に昭和30年に拠点をニューヨークに置いて以降は抽象画を多く発表し、日本のモダンアートの先駆者として評価されている猪熊弦一郎。今回の展覧会は無類の猫好きとして知られる猪熊の猫の絵だけを集めた展覧会(最後に少し猫以外の作品もあります)です。

猪熊の奥さんが大の猫好きで、いっときは“1ダースの猫”を飼っていたこともあったのだとか。最初は作品の片隅に脇役として登場していた猫も、いつしか作品の主題になったり、猫の絵を通して、マティスやピカソの影響、そして具象から抽象への変化も分かったり、たかが猫されど猫という感じの展覧会でした。スケッチも多いのですが、みんな猫なので全然OK。猫好きだからこその観察眼。たまりません。


会場の構成は以下のとおりです:
初期作品
猫のいる暮らし
猫のスケッチ
モニュメンタルな猫
人と猫
にらみ合う猫
再び猫を描く
猫のコンポジション
猪熊弦一郎の世界

猪熊弦一郎 「マドモアゼルM」
1940年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵

初期作品の中で印象的だったのが「マドモアゼルM」。色合いはピカソの“青の時代”を彷彿とさせるのですが、雰囲気は藤田嗣治ぽい感じも。大戦中の中国での取材に基づく「長江埠の子供達」も藤田の中南米歴訪後の作品あたりに似てるなという印象。パリ時代の猪熊は藤田と家族ぐるみの付き合いだったそうで、画風も少し影響を受けていたのかもしれません。

猪熊弦一郎 「妻と赤い服」
1950年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵

戦後すぐの「青い服」や「妻と赤い服」、「婦人と猫」、「裸婦と猫」あたりはマティス色が強すぎてあまり猪熊の個性を感じないのですが、猫はどれも独特の仕草や愛嬌があって面白い。テーブルの上にのって食事をしてる最中の猫、顔がライオンになってる猫、困った表情の猫、自転車のサドルにのってる猫、思い思いにくつろぐ猫、毛を逆立てて威嚇しあう猫…。よく猫の表情を掴んでるなと感じます。

1950年代以降の作品は抽象と具象を行き来するようなところがあって、人や猫の顔や身体が丸や四角、三角などの図形的になったり、幾何学的な様相を呈したり、だんだんと単純化されていきます。猫が描かれる作品は決して多いわけではないようですが、最近は猫の絵ばかりを描いてるとか、猫の小さな猛獣性を美しく描くことは難事中の難事だとか、猫が一つの方便になって自分なりの画面構成を考えることの方が面白くなってきたとか、猫の画を描くことが猪熊にとって気分転換だったり、造形を考える上でのヒントだったり、プラスに働いていたことが分かります。

猪熊弦一郎 「猫と食卓」
1952年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵

同じく猫好きの大佛次郎が飼ってた柄が継ぎはぎのようで雑巾猫と呼んでたシャム猫を面白いと感心して貰っていったとか、疎開先に猫を連れてったら猫が農家の鶏を殺して大騒動になったとか、オス猫が寝てた知人の頭にスプレーしたとか、紹介されてるエピソードもいちいち最高です。



最後のスペースはスケッチや晩年の作品が中心。ここだけ写真撮影可になっています。晩年の猪熊の作品には人の顔や裸婦、馬や鳥は登場するものの、猫はそれほど多くないといいます。スケッチにはたくさん猫が描かれているので、もしかしたら猪熊は猫に対する思いが強すぎて、猫を単なる形態の要素として割り切って描けなかったのではないかと解説にありました。

[写真右] 猪熊弦一郎 「二人の裸婦と一つの顔」
1989年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵

猪熊弦一郎 「葬儀の日」
1988年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵

一角に、愛する妻へ捧げる絵が。まわりにはたくさんの猫たち。上の方に並んでいる猫の額縁は亡くなった猫たちでしょうか。

[写真右] 猪熊弦一郎 「不思議な会合」 1990年
「楽しい家族」 1989年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵

本展は会期が4/18までと短いので、行くつもりの人は要注意。金曜・土曜は21時まで開館(入館は閉館の30分前まで)しているので時間に都合がつく人は夜の方がゆっくり観られるかも。あと図録がなかったのが少々残念。代わりに『猫画集 ねこたち』という本を売ってますが、展覧会の出品作が全て載ってるわけではありません。


【猪熊弦一郎展 猫たち】
2018年4月18日(水)まで
Bunkamura ザ・ミュージアムにて


ねこたち (猪熊弦一郎猫画集)ねこたち (猪熊弦一郎猫画集)

2018/03/24

江戸の女装と男装

太田記念美術館で開催中の『江戸の女装と男装』を観てきました。

日本には古来、異性装の風俗があったといいます。古くはヤマトタケルが女装して宴会に紛れ込みクマソタケルを退治したとか、女性の衣装を身にまとった牛若丸が弁慶と闘うとか、女武者・巴御前の活躍とか、神話や物語だけでなく、中性の稚児の女装の習慣や、白拍子の男装や歌舞伎の女形、芸者の男装といった芸能の異性装などがあり、そうした描写は浮世絵にも多く描かれています。

本展はそうした浮世絵に描かれた異性装から江戸の風俗や文化を知るというもの。昨今、多様な性のあり方についていろいろ話題になりますが、それは現代の特殊な問題ではなく、日本は神話の時代から性の多様性を受容し、認知されていたことも分かってきます。


展覧会の構成は以下のとおりです:
第1章 風俗としての女装・男装
第2章 物語の中の女装・男装
第3章 歌舞伎の女形たち
第4章 歌舞伎の趣向に見る男女の入替
第5章 やつし絵・見立絵に見る男女の入替

月岡芳年 「風俗三十二相 にあいさう 弘化年間廓の芸者風俗」
明治21年(1888)

展示品で多かったのが、芸者の男装と歌舞伎の女形。芸者の男装は主に“吉原俄”といわれる吉原の三大行事とされる夏のお祭りで、芸者が男髷に男装して手古舞を演じています。廓内だけでなく神田祭など祭礼でも鯔背な手古舞姿の女芸者が華を添えたようで、祭礼の賑わいを描いた作品も複数並んでいました。“俄”が“仁和嘉”と当て字になっているのは江戸の遊び心。歌舞伎舞踊の『神田祭』で手古舞姿に“男装”した女形が登場するので、歌舞伎ファンにはお馴染みでしょう。展示されていた「勇肌祭礼賑」にも九代目團十郎と五代目菊五郎らに交じって、当時人気の女形・四代目福助(五世歌右衛門)と助高屋高助が手古舞の格好で描かれていました。

歌川国芳 「祭礼行列」
天保15年(1844)頃

これは女装・男装というより仮装行列という感じですが、国芳の「祭礼行列」が面白い。幕末の山王祭を描いたものとかで、大津絵の藤娘や鬼の念仏、武者に貴族に女伊達、さらには独楽や珊瑚の仮装なんかもいます。いまでいうハロウィンやコスプレのノリでしょうか?

石川豊信 「若衆三幅対」
寛延〜宝暦(1748-64)頃

2階にあがったところにあったのが艶やかな女性の羽織を羽織った若衆を描いた「若衆三幅対」。桜の枝をもった若衆、編み笠を被った若衆、腰に刀を添えた小姓風の若衆という江戸の美少年たち、いわゆる陰間なんでしょう。編笠をさしてるのは髷が崩れるのを防ぐためとか。オシャレ~。

今回の展覧会では若衆の絵はほんの数点しかありませんでしたが、ほかの浮世絵の展覧会でも若衆を描いた作品はたびたび目にしますし、実際本展の解説にも、中性的な若衆の絵は好まれ多く描かれたとあり、比較的人気の高い題材だったのでしょうに、ちょっと残念な気がします。まぁ、この美術館はあまり性的なイメージを直接喚起する作品は昔から展示しないので、多分ないだろうなとは思ってましたが。

菊川英山の「女虚無僧」というのもありました。歌舞伎の『毛谷村』には武術の腕前をもつお園が男装して虚無僧姿で現れるという場面がありますが、解説によると実際に市中で見られたかは定かでないとのことです。

月岡芳年 「月百姿 賊巣の月 小碓皇子」
明治18〜25年(1885-92)頃

物語や歌舞伎に描かれた女装や男装がピックアップされたのを観ると、理由は様々とはいえ、男性が女装する、女性が男装するという話が日本には大変多いのが分かります。それが文化になっているのがヨーロッパにはない日本のユニークなところかもしれません。歌舞伎の女形が芸者役で男装する手古舞や、女形が男性役として女装する『三人吉三』のお嬢、立役が女装する『白浪五人男』の弁天小僧菊之助、あえて立役が女装することで怖さを強調する『鏡山』の尾上など、歌舞伎の中の男と女の概念はとても自由で、逆にそれが歌舞伎の面白さを生んでもいます。

月岡芳年 「月百姿 水木辰の助」
明治24年(1891年)

歌舞伎の女形の役者絵も多くありましたが、楽屋裏の姿や普段の生活を描いたものもあって、人気の女形ともなると、いまでいうグラビアアイドルみたいな存在だったのかもしれませんね。歌舞伎の女形は普段から女性のように暮らすのが推奨されていたと解説にあったのですが、それだけ女形の役者の女性性が江戸時代は認められていたということでもあるのでしょう。

浮世絵で多いのがやつし絵と見立絵。“やつし”は古典や昔の風俗を題材に今様に描いたもの、“見立”はあるものを違うものになぞらえたものでちょっと分かりづらいところがありますが、鶴仙人として知られる中国の費長房や鯉に乗って水注から現れるという琴高仙人を女性に変えて描いた“やつし絵”、忠臣蔵を女性に見立てた見立絵や中国故事の二十四孝を芸者の手古舞に見立てた見立絵など、創意工夫されたユニークな作品も多くあり楽しめました。

鈴木春信 「やつし費長房」
明和2年(1765)

テーマはとても興味深いものなのですが、女装・男装というタイトルからイメージされる倒錯的なもの、たとえば女装した若衆みたいなものはほとんどなく、歌舞伎は芸能だし、吉原俄は言ってみれば余興だから、異性装といわれたらその通りかもしれませんが、意外性はあまりありませんでした。ちょっと突っ込みが足らなかったかなという気もします。


【江戸の女装と男装】
2018年3月25日まで
太田記念美術館にて


江戸の女装と男装江戸の女装と男装

2018/03/21

リアル 最大の奇抜

府中市美術館で開催中の『リアル 最大の奇抜』を観てきました。

毎年恒例、府中市美術館の“春の江戸絵画まつり”。今年のテーマはリアル絵画。昨年平塚市美術館などで開催された『リアルのゆくえ』展が話題になったり、スーパーリアリズムがちょっとしたブームになったり、写実絵画が注目を集めていますが、はたして江戸絵画のリアルとは?

写真もまだなく限られた人しか西洋画を観ることのできなかった江戸時代に、人々にはどのような絵がリアルに映り、斬新だと感じたのか、という観点で作品が集められています。

“春の江戸絵画まつり”らしく、江戸絵画を代表する絵師から無名の絵師までさまざまな絵師の作品が並んでいて、よくこんな作品探して来たなというセレクションが楽しい。それにしても近代日本画の写実とは異なる非近代的な表現・創作の豊かなことよ。


展覧会の構成は以下のとおりです:
1章 「リアル」の力
2章 「リアル」から生まれる思わぬ表現
3章 ところで、「これもリアル?」
4章 従来の「描き方」や「美意識」との対立と調和

森狙仙 「群獣図巻」(※写真は一部)
個人蔵

会場に入ったところにあった森狙仙の「群獣図巻」がまず面白い。森狙仙というと猿画の名手として知られ、本展にも十八番の猿や鹿を描いた作品が展示されていましたが、この「群獣図巻」はあまり見ない狙仙タッチで、ちょっと異色という感じが強くします。鼠や栗鼠、山羊、虎、猫、犬などさまざまな動物が描かれてるのですが、どちらかというと中国画や南蘋派のニュアンスに近いように思いました。何か手本にした作品があったのでしょうか。

江戸絵画の写実というと真っ先に浮かぶのが、森狙仙を祖とする森派や、円山応挙を祖とする円山派、そして沈南蘋にはじまる南蘋派。会場も最初のうちは、森派や円山四条派、南蘋派の絵師やその系統の絵師の作品が順当に登場するのですが、だんだんとよく知らない絵師もちらほら。

土方稲嶺、墨江武禅、織田瑟々、沖一峨、安田雷洲あたりは府中市美術館で名前を覚えたので、詳しく知らなくてもとりあえず知ってる。村松以弘?誰やねん。司馬長瑛子?葛陂古馮?もはや名前の読み方すら分からない。。。会場入口に置いてある画家解説を見ながら作品を観るのも毎年のことです。

村松以弘 「白糸瀑図」(静岡県指定文化財)
掛川市二の丸美術館蔵(展示は4/8まで)

富士山麓の白糸の滝を描いた村松以弘の「白糸瀑図」は横170cmもある大作。一見、真景図風なのですが、こういう景色が眺められる場所はないのだとか。白糸の滝というよりナイアガラの滝みたい。ちょっと南画風。

原在中 「天橋立図」
敦賀市立博物館蔵(展示は4/8まで)

真景図といえば、応挙の弟子とされる原在中の「天橋立図」が遠近法を意識した構図で面白い。俯瞰で遠景まで描くところは雪舟の「天橋立図」を思わせますが、在中の作品は遠くを小さく薄く描いていて、真景図というより風景画といっていいぐらい。

大好きな鶴亭が一点。「芭蕉太湖石図」は『我が名は鶴亭』でも観ていますが、太湖石や芭蕉の葉の平面的な色面の描き方が気になり、じっくり観てました。芭蕉の葉の葉脈が塗り残したよう描かれていて、解説には若冲の筋目描きに似ていると。墨の滲みを利用した筋目描きというより中国画に見られる芭蕉や蓮の葉の描き方に近い気もしますが、ちょっと素人にはよく分かりません。

沖一峨 「芙蓉に群鴨図」
鳥取県立博物館(展示は4/8まで)

鳥取藩の御用絵師として仕えた沖一峨の「芙蓉に群鴨図」もいい。芙蓉や鴨が対幅に左右対称で描かれてるのが印象的。沖探容の「浪兎図」は波の上を兎が駆けるという斬新な作品。“因幡の白兎”を題材にしてるのでしょう。沖家の6代が探容で、7代が一峨。一峨は探容の養子だという。

鳥取の絵師、いわゆる因幡画壇といえば、土方稲嶺と弟子の黒田稲皐に印象的な作品が結構ありました。土方稲嶺は宋紫石に学んだとされ、「群鶴図」は一見南蘋派風なのですが、南蘋派の鶴よりもリアル。薄墨でざざざっと描いたような「雪景山水図」も雰囲気があっていい。

ネガポジを反転させたような黒田稲皐の「遊鯉図」も独特の色合いでとても面白い。鱗がまた精緻に描かれていてビックリ。竹を墨一色で描きながらも背景を淡彩で青空にした「竹図」もかなり異色。後期には同じ因幡画壇の片山楊谷と島田元旦も登場します。鳥取の絵師、とても気になります。

鯉図では『前賢故実』で知られる菊池容斎の「鯉遊之図」がとても良い。容斎というと歴史人物画のイメージしかないのですが、こういう作品も描いていたのですね。薄墨であっさりと描いていてるのだけれど、川を群れて泳ぐ鯉の動きをリアルに捉えていて実に巧い。

墨江武禅 「月下山水図」
府中市美術館蔵(展示は4/8まで)

墨江武禅の「月下山水図」は月光のあたる部分を白くハイライトで描いた不思議なムードの作品。月岡雪鼎の門人で、宋元画を研究したというユニークな経歴の持ち主。この発想はどこから来たのか。

人物画では、画家解説に詳細不明とある葛陂古馮(かっぱこひょう)の「関羽図」も個性的。真っ黒の画面に浮かび上がるような関羽はインパクト大。応挙に学んだとされるようですが、この絵からはそういう様子は感じられず。なぜか落款の下にアルファベットのサインが。

上方の浮世絵でもちょっと異色な祇園井特の美人画も。デロリの先を行く独特のリアルな描き方で面白いんだけれど、こういう非浮世絵的な美人画が江戸時代にどこまで人気があったのかも気になるところです。

矢野良勝 「肥後瀑布図」
熊本県立美術館蔵(展示は4/8まで)

雪舟の画法を継承したという熊本の矢野良勝の「肥後瀑布図」もとてもいい。雪舟の「山水長巻」を意識したような絵巻物で、肥後の滝の名所がいくつも描かれています。滝の水しぶきは胡粉ですかね。

熊本藩の家老だという米田松洞が熊本の風景を描いた「北山秋景」も印象的。一見南画風なのですが、山や木の描き方は朴訥としていて、ところどころ小さく描かれる人物がまたなんとも味わいがあります。熊本の絵師も気になります。

司馬江漢 「生花図」
府中市美術館蔵

後半は生涯をかけてリアルと向き合った画家ということで司馬江漢と円山応挙の特集。まずは司馬江漢の「生花図」が良い。吊るし花生けという構図が面白いのですが、よく見ると壺がガラス製で透けています。どこか西洋的で(というより日本的でない)華やかな生け方は谷文晁も模写したファン・ロイエンの花鳥図を思い起こさせますし、泉屋博古館分館で以前観た椿椿山の「玉堂富貴・遊蝶・藻魚図」の中幅の構図にも似ています。

洋画風の紙本や絹本の油彩画もあれば、鈴木春信風の「西王母図」があったり、洋画風に描いた日本の風景もあれば、西洋画の模写のような作品もあったり、唐画風があったり、江漢の幅広い画技が見られてとても興味深い。油彩画は恐らく顔料の問題もあるのでしょうが、茶色く変色しているものがあって残念。

司馬江漢 「七里ヶ浜図」
府中市美術館蔵

江漢の風景画はまさにピクチャレスクな作品が多いのですが、解説に「江漢は空の画家」とあり、なるほどと感じました。確かに青空や雲って、それまでの日本の絵画に描かれることは稀(霞雲は別として)だったと思いますし、江漢の洋風画はそういう意味ではかなりリアルだったのでしょう。

円山応挙 「大石良雄図」
一般財団法人武井報效会百耕資料館蔵(展示は4/8まで)

応挙もリアルを感じさせる作品というテーマに絞られていますが、20代後半の頃の狩野派風の作品や応挙と名乗る前の作品もあったり、等身大の人物画や応挙が得意とした動物画など、応挙の幅広い画業を垣間見れます。虎や犬、兎、鷹など動物を描いた作品は写生に基づく応挙ならではのリアルさを感じ取れますし、虎の絵を描くのに中国から虎の毛皮を取り寄せたというエピソードも凄い。「鯉魚図」は池の氷の裂け目から鯉が飛び出すという正に奇抜な作品なのですが、鯉の忠実さに比べ、氷の表現には苦心の跡が窺えます。

円山応挙 「鯉魚図」

この絵、前にも観たよなという作品もちらほらあって、そろそろネタ切れかという感想もなくはなく、いつもの“春の江戸絵画まつり”に比べると少々地味な感じは拭えません。そのなかでも今回は特に、土方稲嶺や黒田稲皐、矢野良勝、米田松洞など地方の絵師に印象的な作品が多く、いつか地方の絵師に絞った展覧会とかして欲しいなと思いました。知られざる絵師はまだまだいるはずです。


会場の外には来年の春の江戸絵画まつり『へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで』の予告がすでに。チラシには若冲に蕪村に山雪に徳川家光!?なんだか面白そうで今から楽しみです。鬼に笑われませんように。


【春の江戸絵画まつり  リアル 最大の奇抜】
前期:2018年3月10日(土)から4月8日(日)
後期:2018年4月10日(火)から5月6日(日)
*全作品ではありませんが、大幅な展示替えがあります。
府中市美術館にて



かわいい江戸絵画かわいい江戸絵画

2018/03/04

寛永の雅

サントリー美術館で開催中の『寛永の雅 江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽』展を観てまいりました。

よほど日本史に詳しい人でないと、“寛永”っていわれてもいつの時代のことかパッと思い浮かばないかもしれませんが、本展は江戸時代初期の寛永年間(1624~1645年)を中心に開花した“寛永文化”にスポットを当てた展覧会です。

“寛永文化”は、桃山文化のような煌びやかさや侘びの趣きでもなく、元禄文化のような江戸の活気や浮世の享楽でもない、瀟洒で洗練された造形や、古典復興による雅な世界が特徴といいます。本展では「きれい」をキーワードに、“寛永文化”を代表する野々村仁清や小堀遠州、狩野探幽の作品、そして時の天皇・後水尾天皇(後に譲位し後水尾院)の宮廷文化サロンにまつわる品々を中心に構成。寛永文化の美意識に酔いしれること必至です。


本展の構成は以下のとおりです:
第一章 新時代への胎動-寛永のサロン
第二章 古典復興-後水尾院と宮廷文化
第三章 新たなる美意識 Ⅰ 小堀遠州
第四章 新たなる美意識 Ⅱ 金森宗和と仁清
第五章 新たなる美意識 Ⅲ 狩野探幽

野々村仁清 「白釉円孔透鉢」
江戸時代・17世紀 MIHO MUSEUM蔵

会場に入ったところに展示されていた仁清の「白釉円孔透鉢」にまず驚かされます。丸い穴がボコボコ空いていて、花器なのか何なのか、どんな時に使われたものなのか、とても不思議。仁清というと色絵というイメージがありますが、ミルク色のモノトーンとシンプルで独創的な造形はとてもモダンで、まるで現代工芸のよう。江戸時代初期の作品とは全く想像もつきません。

仁清は寛永の頃、仁和寺の門前で御室窯を始めたといわれ、初期は茶人・金森宗和好みの茶器を多く制作したといいます。“宗和好み”は「きれい寂び」ともいわれ、その造形はシンプルかつシャープ。高麗茶碗を思わせる渋い茶碗や、富士山や山水を表したような錆絵の茶碗など、モノトーンの落ち着いた色調は仁清の華麗な色絵陶器とは異なるモダンで洗練された印象を与えます。外は無釉で内側に釉を施し、白釉で模様を付けた「白釉建水」や、平鉢を内側に曲げた独特の造形がユニークな「流釉花枝文平鉢」がとても印象に残りました。

茶碗・茶器では、光悦の赤楽茶碗、樂家3代目・道入の黒楽茶碗、そして遠州好みの茶碗や茶入れなどがたくさん展示されています。

土佐光起 「朝儀図屏風」(写真は右隻)
江戸時代・17世紀 茶道史料館蔵 (※展示は3/12まで)

寛永文化は江戸時代最初の文化動向なんだそうです。幕府による朝廷への経済的援助や融和政策や、古典復興への気運、上流階級の町人を新たな文化的傾向が生まれたと寛永文化が花開いた時代背景が分かりやすく解説されていました。一見、それぞれ繋がっていないように思える作品でも、そうした背景を知ることで、ひとつのムーブメントの中で同時多発的に発生したということも知ることができます。

光悦・宗達コンビの「鶴下絵新古今集和歌巻」の断簡や色紙なども展示されていたのですが、光悦は寛永14年に亡くなってる(宗達も寛永年間に亡くなったという説がある)ので活動の最盛期は寛永より前なのでしょうけど、光悦・宗達の共同作品に見られる古典的世界の創造は寛永文化に繋がっていったのだろうなということも分かります。

そこでキーとなる人物が後水尾院。天皇は学問でもしてればいいという幕府の方針もあったからというのもあるんでしょうが、江戸時代の頃には途絶えていた宮廷の儀式を復活させたり、和歌や生け花(立花)に造詣が深かったり、修学院離宮を造営して窯を作ったりしてまで茶会を開いたり、展示されている作品や史料を観るだけで、相当こだわりと美意識の高い人だったんだろうなと感じます。

住吉如慶 「伊勢物語絵巻 巻第一」
江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵 (※展示は3/12まで)
(写真は東博『後水尾院と江戸初期のやまと絵』(2015)で撮影)

もう3年前になりますが、トーハクで『後水尾院と江戸初期のやまと絵』という企画展示がありまして、土佐光起を宮廷絵所預に抜擢し土佐派を再興させたり、住吉如慶に住吉派を興させたり、後水尾院が江戸初期のやまと絵制作のキーマンだったことを知ったのですが、本展でも物語絵や歌仙絵を中心に土佐派・住吉派の作品が紹介されています。

土佐派は、宮廷儀礼を描いた光起の「朝儀図屏風」が展示されてましたが、これは題材的に土佐派の特徴が見られるというものでなかったのが残念(後水尾院の宮廷儀礼復活という意味では重要ですが)。住吉派は如慶の「伊勢物語絵巻」や具慶の「源氏物語絵巻」があって、その精緻な筆致や人間味を感じる表現、四季の美しさ、また余白を広くとりこてこて描きこまない淡白な描写に王朝文化復興に通じる品の高さを感じます。

「紙本著色東福門院入内図」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 三井記念美術館蔵 (※展示は3/12まで)

後水尾天皇のもとに嫁いだ徳川和子(東福門院)も相当な人だったようで、“衣装狂い”とまでいわれた東福門院の衣装を屏風に仕立てたという「小袖屏風」は綸子に細かな刺繍や文様が施された贅沢なもの。入内したときの様子を描いたという「紙本著色東福門院入内図」がまた素晴らしく、非常に精細な描写、豊かな群像表現もさることながら、どれだけ破格の規模で、どれだけ豪華な嫁入りだったのか驚いてしまいました。

狩野探幽 「富士山図」
寛文7年(1667) 静岡県立美術館蔵 (※展示は3/12まで)

そして探幽。大きく余白を取り入れた淡白かつ瀟洒な構図、品を感じさせる淡彩で優美な画趣。豪壮な狩野派の画風を大きく変え、江戸狩野という新しい時代の狩野派の様式を探幽が確立したことはよく知ってはいますが、それが寛永文化というムーブメントの中で起きたということを初めて理解した気がします。

探幽の名古屋城襖絵や「富士山図」、「源氏物語 賢木・澪標図屏風」は過去にも拝見していますが、「若衆観楓図」は初めて観た気がします。江戸初期の風俗画を思わせるも、そこは探幽、どこか品を感じる逸品。「源氏物語 賢木・澪標図屏風」はやまと絵を取り入れた探幽の傑作として知られますが、牧谿や夏珪といった中国絵画の学習成果を感じる「瀟湘八景図」や古画研究をまとめた「探幽縮図」などもあり、探幽のレンジの広さがコンパクトにまとめられています。途中のコーナーに展示されていた、探幽の弟子・久隅守景の娘・清原雪信の「女房三十六歌仙歌合画帖」も素晴らしかったです。

狩野探幽 「源氏物語 賢木・澪標図屏風」(写真は右隻)
寛文9年(1669) 出光美術館蔵 (※展示は3/12まで)

土佐派の復興や住吉派の興隆、探幽様式と狩野派のやまと絵的傾向、そして遠州や仁清といった江戸初期の美術の点と点が線で繋がり、寛永文化の古典復興のもとで同時代的に発生したことを知りました。寛永の時代の空気までもが伝わるサントリー美術館らしい素晴らしい内容の展覧会でした。


【寛永の雅 -江戸の宮廷文化と遠州・仁清・探幽-】
2018年4月8日(日)まで
サントリー美術館にて


茶人・小堀遠州の正体 寛永文化の立役者 (角川選書)茶人・小堀遠州の正体 寛永文化の立役者 (角川選書)