2018/01/20

墨と金 -狩野派の絵画-

根津美術館で開催中の『墨と金 -狩野派の絵画-』を観てきました。

室町時代に京都で興り、足利将軍家から織田信長や豊臣秀吉、そして江戸幕府へ、時の権力者や政権の御用絵師として400年もの長きにわたって頂点に立ち続けた狩野派。中国絵画の筆様を整理した“真体・行体・草体”の水墨画、文化の成熟と時代のムードを体現した絢爛豪華な金屏風。本展はその“墨”と“金”という狩野派を象徴する2つの側面から狩野派の何たるかを探ろうという企画展です。

展示は全て根津美術館の所蔵品で構成されていますが、作品数は決して多くありませんし、狩野派を語るには正直全く足りません。ただ、そこはさすが根津美術館なので、良い作品が出ています。

会場に入ると、まず拙宗等楊(雪舟)の「潑墨山水図」と芸阿弥の「観瀑図」と狩野正信の「観瀑図」。それぞれ中国・南宋の絵師・玉澗、夏珪を手本にした作品として紹介されています。中国絵画の受容という意味で、室町水墨画から狩野派への流れの手掛かりになりますし、サントリー美術館の『狩野元信展』のおさらいとしてもいいですね。

芸阿弥筆 月翁周鏡ほか二僧賛 「観瀑図」(重要文化財)
室町時代・文明12年(1480) 根津美術館蔵

その元信の作品が意外にも充実しているのが嬉しいところ。「養蚕機織図屏風」は『狩野元信展』にも出品されていた作品。梁楷の「耕織図巻」を研究した元信らしい傑作です。硬軟自在な山水の表現といい、広がりと奥行きのある構図といい、養蚕・機織の的確で精緻な描写といい、非の打ち所がありません。

伝・狩野元信 「養蚕機織図屏風」
室町時代・16世紀 根津美術館蔵

「猿曳図屏風」は後の狩野派絵師にも引き継がれる画題。ここである程度基本の構図ができているのが興味深い。断簡(?)の「山水図」は真体の山水図で、伝・元信の作と紹介されていますが、観た感じは元信なのか正信なのか判断の難しいところ。中国画風の折枝画「林檎鼠図」は旧大仙院方丈障壁画の折枝画と比べると、ちょっと硬いというか、恐らく工房作なんだろうなという感じがします。鼠の小さく細い指や精緻な毛書きがとてもリアル。

長吉 「芦雁図」(重要美術品)
室町時代・16世紀 根津美術館蔵

元信の門人とされる絵師の作品を観ることができたのも収穫でした。元信の門人は少なくとも数十人いたといわれていますが、その遺品は少なく、なかなか観る機会がありません。長吉の「芦雁図」は行体の水墨。後期に展示される元信の「四季花鳥図屏風」にもほぼ似た構図の雁の群れが描かれていますが、どちらもソースは牧谿の「芦雁図」。牧谿画にも元信画にも飛ぶ雁が描いているので、長吉の「芦雁図」ももしかしたら上の方に飛ぶ雁が描かれていたのかもしれません。珍牧の「寒江独釣図」は「養蚕機織図屏風」にも描かれていた小舟の上の釣人を描いた作品。これもよく見る構図ですね。関東に進出した狩野玉楽とされる右都御史の「梅四十雀図」は粗放な筆の梅と簡素ながら的確な雀という墨技が楽しめます。

 
狩野探幽 「両帝図屏風」
江戸時代・寛文元年(1661) 根津美術館蔵

江戸狩野では、中国の故事を描いた狩野探幽のきっちりした「両帝図屏風」と、弟・尚信の対照的にミニマルな「山水花鳥図屏風」。「両帝図屏風」は中国古代の皇帝を描いた一種の勧戒画。一方の尚信は探幽が示した瀟洒淡泊と評される余白を活かした減筆体の墨画をさらに推し進めたような屏風で、破墨のような山水と、簡素ながら的確に動態を捉えた鳥が見事。

江戸中期の絵師とされる狩野宗信の「桜下麝香猫図屏風」も印象的。麝香猫も中国絵画や狩野派の作品で見かける画題ですが、ゆるやかな土坡や緑青の水面、また水分の多い絵具で描いた樹木などは琳派を思い起こさせます。

狩野山雪 「梟鶏図」
江戸時代・17世紀 根津美術館蔵

京狩野にも触れていて、狩野山雪の作品がいくつか。いずれも京博の『狩野山楽・山雪展』にも出品されていた作品。「藤原惺窩閑居図」と「秋景山水図」は山雪の奇矯さはありませんが、異様に屈曲した松の枝は山雪の特徴でもあるとのこと。双幅の「梟鶏図(松梟竹鶏図)」はフクロウとニワトリの目つきが笑えます。2階には狩野山楽と伝わる「百椿図」も展示されているので忘れずに。「百椿図」は2巻からなる絵巻で、さまざまな園芸椿が花器に見立てたさまざまな器(中にはちりとりや箒も)に飾られていて、大名や皇族・歌人らの筆による和歌や俳句、漢詩が添えられています。

サントリー美術館の『久隅守景展』にも出ていた「舞楽図屏風」もありました。濃い色彩が京狩野の影響というように解説されていたのですが、色が濃ければ京狩野みたいな解説はちょっと短絡的。左隻の舞人の図様は俵屋宗達の「舞楽図屏風」に共通するし、守景とほぼ同時代の狩野永納の「舞楽図屏風」にも似た図様があるので、宗達か、あるいは共通の基となる作品に拠っているのではないかと思われます。

最後にあった「源氏物語図屏風」もちょっと何だかなぁという感じ。解説で指摘されていた永徳より光信風を感じもしますが、人物表現は凡庸・稚拙で、画面構成もボテボテしてまとまりがありません、狩野派とするにはかなり見劣りがします。

伝・狩野山楽 「百椿図」(※写真は一部)
江戸時代・17世紀 根津美術館蔵

少ない作品の中で狩野派らしさ、伝統をいかに見せるかという点で苦労している感じはありますが、狩野派のいくつかの側面を観るという点ではとても良い展覧会だと思います。後期は一部展示替えがあります。


【墨と金 -狩野派の絵画-】
2018年2月12日(月・祝)にて
根津美術館にて


別冊太陽131 狩野派決定版 (別冊太陽―日本のこころ)別冊太陽131 狩野派決定版 (別冊太陽―日本のこころ)

2018/01/03

博物館に初もうで

新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、今年も博物館・美術館巡りはトーハクから活動開始! 毎年恒例『博物館に初もうで』に新年早々開館の1時間前から並び、混み合う前にひととおり観てまいりました。朝早いし寒いかなと厚着で出かけたのですが、幸いに風もなく穏やかな晴天で、日差しも心なしか暖か。

今年のお正月は平成館で特別展をやってないので、去年ほど混まないかなと思ってましたが、開館前にはかなりの行列になっていたようですし、お昼過ぎにトーハクをあとにしたときにも当日券を買い求める人の列がかなり長く伸びてました。『博物館に初もうで』も恒例行事となり、年々混雑するようになっている気がします。

今年は戌年ということで、本館2階の特別1室・2室では≪博物館に初もうで 犬と迎える新年≫と題し、戌(犬)をテーマとした作品が展示されています。当然ですが、犬だらけ。たまりませんな(笑)

円山応挙 「朝顔狗子図杉戸」
江戸時代・天明4年(1784) 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

円山応挙 「狗子図」
江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

犬といえば、長沢芦雪の犬がかわいいと人気ですが、芦雪の師匠・円山応挙の犬の絵が2点出ています(芦雪はありません)。解説に「犬は世界中で最も古くから人に飼われていたと考えられる動物」とあるように、最近サウジアラビアから8000年前と思われる壁画から世界最古の犬の絵が見つかったなんてニュースもありましたし、それこそ「鳥獣戯画」にも犬は出てきますが、応挙以前にここまで仔犬をコロコロモフモフに描いた画家がいたでしょうか。いまはキャラクター化されたかわいい犬の絵はいくらでもあるけど、当時としては革新的だったのではないでしょうか。

竹内栖鳳 「土筆に犬」
明治時代・19世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

四条派の流れを汲む竹内栖鳳の「土筆に犬」に描かれた犬も応挙の犬の完全な摸倣。皇居に納められた襖絵の下絵なのですが、この犬が描かれた襖が皇居にあるってことなんでしょうね。

歌川広重 「名所江戸百景・高輪うしまち」
江戸時代・安政4年(1857) 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

喜多川歌麿 「美人子供に小犬」
江戸時代・文化3年(1806) 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

犬が描かれた浮世絵がいくつも展示されていましたが、こうして見ても江戸庶民の日常に犬がフツーに溶け込んでます。広重の「名所江戸百景・高輪うしまち」は“うしまち”というのに牛は描かれず、わらじでじゃれて遊ぶ仔犬が描いているのが面白い。広重の仔犬も歌麿の仔犬もコロコロとして、ちょうど時代的にも応挙の仔犬に影響されてるんだろうなと感じます。

鈴木春信 「犬を戯らす母子」
江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

菊川英山 「狆だき美人」
江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

狆といえば、大名家や大奥で人気だったという江戸時代を代表する愛玩犬。狆を抱いているというだけでセレブ感が漂いますね。春信の黒い小型犬はなんでしょうか。子どもが母親の後に隠れてるのは犬をおっかながっているのかな?

橋本周延 「江戸婦女」
明治時代・19世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

橋本周延(楊洲周延)の肉筆浮世絵「江戸婦女図」にも狆が。江戸の風俗を描いた作品ではありますが、女性の顔はいかにも明治期の美人画という感じです。着物の柄がまた実に細かい。

伝・夏珪 「山水図」
中国・南宋~元時代・13~14世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

ほかにも英一蝶の雑画帖や酒井抱一の絵馬も良かったのですが、こちらは撮影禁止。中国絵画の模本の狗図などもあった中、なぜか夏珪(伝)の「山水図」があって、ここにも犬が描かれているそうです(すぐに見つけましたが)。ほとんどウォーリーを探せ状態(笑)。

「染付子犬形香炉」
江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

「緑釉犬」
後漢時代・2~3世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

犬の陶磁器もいくつか。愛らしい仔犬の香炉は平戸焼。口と耳からお香の煙が出るみたい。「緑釉犬」は不細工な感じがどこか愛嬌があって憎めないですね。

「犬形置物」
19世紀 東京国立博物館蔵(ライプツィヒ民族学博物館寄贈) (展示は1/28まで)

磁器の街として知られるドレスデンで作られたといわれる犬型の置物。スパニエルでしょうかね。目にはガラス玉がはめられているそうです。

「釈迦金棺出現図」(国宝)
平安時代・11世紀 京都国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

つづいて国宝室。ここ数年、お正月に決まって公開されていた長谷川等伯の「松林図屏風」が今年はお休み。今年は平安時代後期を代表する仏画「釈迦金棺出現図」が展示されてます。横2mを超える大変大きな仏画で、お釈迦様が入滅し摩耶夫人が嘆き悲しんでいると、お釈迦様が身をを起こし母のために説法したという仏教説話を絵画化したもの。色も良く残っていて、金銀による彩色や色のぼかしなど、大変丹念に描きあげられたものであることが分かります。単眼鏡で覗くと、描かれている人物や動物に名前らしきものも記されています(背景の色や着物の柄に交じったりして分かりづらい)。

左:「釈迦金棺出現図(部分)」、右(参考):伊藤若冲 「象と鯨図屏風(部分)」

右下によもや若冲の白象が!若冲はこうした仏画の図像を参照してるんでしょうね。

「鳥獣戯画断簡」(重要文化財)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵 (展示は2/4まで)

山崎董詮模写 「鳥獣戯画模本(甲巻)」
明治時代・19世紀 東京国立博物館蔵 (展示は2/4まで)

常設展(総合文化展)にも関連企画の展示があります。本館3室<宮廷の美術>には「鳥獣戯画断簡」と「鳥獣戯画甲巻 模本」。「鳥獣戯画断簡」は甲巻の一部だったとされるもので、昨年重要文化財に指定されたばかり。模本は、東博本断簡につづく部分とされる場面が展示されていました。

伝・狩野元信 「楼閣山水図屏風」(重要美術品)
室町時代・16世紀 東京国立博物館蔵 (展示は2/4まで)

「梅樹禽鳥図屏風」
室町時代・16世紀 東京国立博物館蔵 (展示は2/4まで)

<禅と水墨画>には元信と伝わる「楼閣山水図屏風」。昨年の『狩野元信展』には出品されてない作品で、真体による松や岩、山稜の描写が正信から元信にかけての表現を感じます。一方となりにあった「梅樹禽鳥図屏風」は元信の三男・狩野松栄周辺で活動した狩野派の絵師によるとされるもの。梅の木の曲がりくねり方が松栄の息子・永徳が聚光院に描いた「梅花禽鳥図(四季花鳥図襖)」の梅の大樹を彷彿とさせます(ちょうど反転してる)。

亜欧堂田善 「浅間山図屏風」(重要文化財)
江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵 (展示は2/4まで)

7室<屏風と襖絵>には江戸後期の洋風画を代表する亜欧堂田善の「浅間山図屏風」。よくよく見ると油絵なんですね、これ。手前から奥へ丘や山を重ねていく遠近感、油絵の独特の色彩、洋風画なのに屏風というのもユニーク。

安土桃山時代の筆者不詳の「宮楽図」は中国の宮廷風俗を描いた作品。恐らく狩野派なのでしょう。京狩野の狩野永敬の「十二ヶ月花鳥図屏風」は昨年も同じ時期に出てましたね。ほかの作品を展示してくれたらよかったのに。

伊藤若冲 「松梅孤鶴図」
江戸時代・18世紀 (展示は2/4まで)

8室<書画の展開>には若冲のおめでたい鶴図。若冲らしい独特のフォルムの鶴と、松なのか何なのか最早よく分からない松が面白い。ここでは酒井抱一の「五節句図」、英一蝶の「大井川富士山図」、宋紫石の「日金山眺望富士山図」、田中訥言の「十二ヶ月風俗図屏風」も印象的。

「縄暖簾図屏風」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 個人蔵 (展示は1/28まで)

<浮世絵と衣装>には、初期風俗画の「縄暖簾図屏風」。立兵庫の遊女が小犬を追って暖簾から顔を覗かせています。縄暖簾と御簾という組み合わせが不思議ですが、左側の御簾は後補だそうで、もともとは男性が描かれていたのではないかと思われているとのこと。『源氏物語』の一場面を下敷きに描かれているそうです。

横山大観 「無我」
明治30年(1897) 東京国立博物館蔵 (展示は2/12まで)

1階18室<近代の美術>には大観の「無我」と「松竹梅」の屏風。今年、東京近代国立美術館で大観生誕150年の大々的な回顧展が開かれますが、今の時期に並んでいるということは、この「無我」は東近美には出ないんでしょうか? それとも大観展の話題作りの意味で出てるのかな?

ここではほかにも今尾景年の「鷲猿」や柴田是真の「雪中の鷲」、橋本雅邦の「狙公 」、近代洋画では小林万吾の「門付」が印象的でした。青木繁の代表作「日本武尊」や平櫛田中の彫刻なども展示されています。

浅井忠 「グレー風景(黄昏)」「仏国モンクールの橋」
明治34年(1901) 東京国立博物館蔵 (展示は2/12まで)

浅井忠 「フランス風景」「グレー風景」
明治34年(1901) 東京国立博物館蔵 (展示は2/12まで)

その中で目を惹いたのが、浅井忠が留学先のフランスで描いた水彩画。フランス留学前の、“脂派(やには)”と呼ばれていた頃とは全然違う、明るく優しい色合いと柔らかな光が印象的です。



平成館の考古展示室、東洋館をぐるりと回って、お昼前。午後に用事があったので、法隆寺宝物館と黒田記念館は今回パスしましたが、今年もお正月からトーハクを堪能してきました。


【博物館に初もうで】
2018年1月2日(火)~1月28日(日)
開館時間、休館日、作品の展示期間など詳しくは東京国立博物館のウェブサイトでご確認ください。

2017/12/31

2017年 展覧会ベスト10

今年も早いもので最後の一日となりました。
ここのところ、今年一番良かった展覧会は何だったか、自分のブログを読み直したり、図録を読み返したり、早くもベスト10をツイートしている人のランキングを眺めたりしていたのですが、これも毎度のことで、まーぁ決まらない決まらない。これは入れたい、これは外せない、の繰り返しで全然10本に収まりません。無理矢理なんとか10本に絞ったというところです。

今年は拙ブログで63の展覧会を紹介することができました。観に行った展覧会自体も例年に比べて減ったのですが、折角観たのにブログに公開できていないものも多く、いまだ10数本が下書きのまま。さすがに観てから1ヶ月以上経つとひとつひとつの作品の細部もおぼろげになり、観たときの感動も薄れてしまうとブログを書くのもままならなくなり・・・。

時間を作るのもなかなか苦労し、観られる展覧会の本数にも限りがあるので、わたしの場合、日本美術を中心に、興味ある西洋美術、現代美術を観るというパターンがだんだん強くなってるというか、敢えてそちらにシフトしてるところがあります。選んで観てるというのもありますが、今年もたくさんの良質な展覧会に出会うことができました。

もともと仏像が好きで日本美術に興味を持つようになった経緯があるので、今年は念願の運慶・快慶の展覧会を観ることができたのが個人的には最大のトピックでしょうか。ここ数年関心を持っていた中国絵画、高麗仏画も拝見することもできました。これまでなかなか一堂に観ることの叶わなかった絵師の展覧会、全く知らなかった画家の発見、いろいろと勉強になることの多い一年でした。


で、2017年のベスト10はこんな感じです。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

1位 『快慶展』(奈良国立博物館)


やはり仏像好きとしては今年はなんといっても運慶・快慶。もちろん『運慶展』も十分に素晴らしかったのですが、これは好みの問題もあるかもしれませんが、わたしは敢えて『快慶展』。割とざっくりとした構成だった『運慶展』とは対照的に、『快慶展』は構成も細かに大変良く練られていて、多角的な視点で快慶仏を取り上げ、その魅力をぐっと引き出してくれました。絵画的ともいわれる快慶仏の洗練された造形、繊細さ、美しさにはただただ見惚れるばかり。至福のひとときでした。


2位 『高麗仏画』(根津美術館)


昨年秋の泉屋博古館(京都)で開催されたときに観に行けなかったのが悔やまれるのですが、念願叶って観ることのできた高麗仏画。その素晴らしさは想像以上。特に大徳寺の「水月観音像」の崇高な美しさには言葉を失いました。見慣れた日本の仏画とはずいぶん異なるというか、日本とは異なる美意識をもったユニークな仏画が多く、仏教図像学の面から見ても興味深く感じました。出品数こそ多くはありませんが、現存数の少ない高麗仏画がこれだけ集まるというのも大変貴重だったと思います。


3位 『絵巻マニア列伝』(サントリー美術館)


ちょうど昨年、高岸輝氏の『室町絵巻の魔力-再生と創造の中世』という本を読んでいて、室町絵巻を観たい熱がふつふつと湧いていたときにタイミングよく観ることができたこともあって感激もひとしお。本を通して知った絵巻の現物をあれもこれも目の当たりにすることができ、ワクワクしながら観てました。“絵巻マニア”という視点で構成したところもミソというかツボというか。テーマの選び方や見せ方にサントリー美術館らしさが良く出ていたと思います。絵巻マニアならずとも興奮する楽しい展覧会でした。


4位 『海北友松展』(京都国立博物館)


海北友松の素晴らしさ、こんなに凄い絵師だったのかという衝撃もあるのですが、何よりも日本美術に余程関心がないと知らないような絵師に光を当て、ここまで深く掘り下げていることにとても感動しました。人生の大半を狩野派に捧げ、隠居するような年齢になってから疾風の如く活躍したわけですが、晩年にこれだけの作品を残したことは奇跡だと思いますし、老いてますます冴えわたる墨技と老練な筆から滲み出る枯淡の趣は驚くばかり。「雲龍図」を照明を落とした部屋で見せたり、「月下渓流図屏風」を最後に持ってきたりという空間構成も良かったです。友松に正統な評価を与える意義深い展覧会だったと思います。


5位 『長沢芦雪展』(愛知県美術館)


個人的に芦雪は好きでも嫌いでもなく、芦雪の良さをいまひとつ分かりかねていたのですが、今回の展覧会で印象が変わったというか、わたしの中の評価がガラリと変わりました。芦雪の代表作が揃いに揃ったという点もありますし、無量寺の障壁画の再現展示や全体の構成も素晴らしく、大変満足度の高い展覧会でした。奇想の絵師というけれど、人を楽しませるウィットや、動物や子供に向けた眼差しからは何となく芦雪の優しい人柄も伝わってくるようでした。円山派の枠に縛られない芦雪の破天荒な魅力にゾッコンになりました。


6位 『狩野元信展』(サントリー美術館)


狩野派好きとしては待ちに待った展覧会。国内外に現存する元信筆・工房作とされる作品が一堂に揃っただけでなく、途中に中国絵画を持ってきて、真・行・草を展観し、やまと絵にも触れるという構成もよく整理され、かつ大変興味深い内容になっていました。サントリー美術館はいつものことですが、会期中展示替えが細かく、結局5回足を運びました。元信クラスの規模の展覧会は、できれば京博(トーハクはやらないだろうから)のような大きなハコでやってもらいたかったなと思います。


7位 『不染鉄展』(東京ステーションギャラリー)


どうしてここまで優れた技術を持つ画家が評価されることもなく長く忘れられていたのか。とても不思議に思うほど、大変素晴らしい展覧会でした。繊細な筆致で描かれた郷愁いざなう農村や漁村の風景や、絵と一緒にこまごまと綴られた思い出もとても感動的だったのですが、晩年の絶壁の孤島や孤高の海を描いた一連のモノトーンの作品群に完全にやられました。衝撃という意味では今年一番だったかもしれません。


8位 『オルセーのナビ派展』(三菱一号館美術館)


西洋美術からは一つだけ、『オルセーのナビ派展』。ナビ派が好きというのもありますが、ナビ派に絞って単独でしっかり取り上げてくれたことと、パリでもここまでの展覧会は開かれたことがないというぐらいの充実した内容に感動しました。ナビ派と一言でいっても、実は幅があり、ゴーギャン影響下での誕生から、象徴主義、アンティミスム、神秘主義に至るまで、分かっているようで分かっていなかったナビ派をより深く知ることができました。


9位 『典雅と奇想』(泉屋博古館分館)


静嘉堂文庫美術館の『あこがれの明清絵画』とセットで取り上げたいところでもあるのですが、泉屋博古館分館の『典雅と奇想』にはちょっと度肝を抜かれたというか、中国絵画をなめたらいけないと痛感しました。奇想派をこれだけまとめて観たのも初めてですし、奇想派の山の造形もさることながら、こんなにも筆法がバラエティに富んでるとは思いませんでした。本場の文人画は奥行きが違うというか、墨技やその味わい一つとってもさまざまな表情があるし、脱俗的な日本の南画とは違ってガツンと来ました。前期展示を観に行けなかったのが返す返すも残念。


10位 『日本におけるキュビスム - ピカソ・インパクト』(埼玉県立近代美術館)


キュビズムが与えた影響とその受容を多様な作品を通して知ることができ、大変興味深い展覧会でした。萬鐵五郎や大正新興美術運動としてのキュビズムは少し見ていたつもりですが、ここまで徹底してると、これまで表面的にしか見ていなかったことに気づかされました。キュビズムといっても戦前と戦後では様相は異なり、バラエティに富んでいた戦前に対し、戦後はまさしく“ピカソ・インパクト”一色で、どれだけピカソの与えた衝撃が大きかったのかも実感でき、とても面白く感じました。




泣く泣く圏外となったものでは、やはり今年を代表する展覧会の一つ『運慶展』、これも充実した内容で良かった『雪村 奇想の誕生』、企画された方々の意気込みにも惚れた『蘇る!孤高の神絵師 渡辺省亭』があります。今もどこかに入れられないかと思うほど。

今年は何度か関西にも足を運び、東京には巡回のない展覧会も観てきましたが、ただただ圧倒された『国宝展』と裏国宝展的な面白さのあった『末法展』も良かったですし、50年ぶりという『柳沢淇園展』は観に行かなかったら物凄く後悔したでしょうし、話題にはなりませんでしたが『勝部如春斎展』も意外と面白かったです。京都の『木島櫻谷 近代動物画の冒険』『木島櫻谷の世界』も素晴らしかったのですが、主だった作品は過去の展覧会で観ていたので今回は選外としました。

そのほか印象に残った展覧会としては、日本美術・洋画・工芸では、『岩佐又兵衛と源氏絵』『並河靖之七宝展』『川端龍子展』『萬鐵五郎展』『鈴木春信展』『北野恒富展』、西洋美術では、『ミュシャ展』『ソール・ライター展』『ジャコメッティ展』『アルチンボルド展』(以上観た順)といったところでしょうか。茶の湯ブーム(?)にのって、『茶の湯展』『茶碗の中の宇宙』で観た茶碗・茶道具も眼福でした。企画ものとしては、『長崎版画と異国の面影』『ガラス絵 幻惑の200年史』も非常に興味深い内容だったと思います。

やはりいいなぁと思う展覧会はどれも、学芸員やキュレーターの方々の努力や苦労が偲ばれるものばかりで、そうした思い入れの深さは展覧会の素晴らしさにちゃんと反映されるのだと思います。


ちなみに今年アップした展覧会の記事で拙サイトへのアクセス数は以下の通りです。
1位 『オルセーのナビ派展』
2位 『岩佐又兵衛と源氏絵』
3位 『快慶展』
4位 『蘇る!孤高の神絵師 渡辺省亭』
5位 『アルチンボルド展』
6位 『加山又造展 生命の煌めき』
7位 『日本におけるキュビスム - ピカソ・インパクト』
8位 『奇想の絵師 岩佐又兵衛 山中常盤物語絵巻』
9位 『これぞ暁斎!』
10位 『川端龍子展』


今年も一年間、こんな拙いサイトにも関わらず、足をお運びいただきありがとうございました。来年は個人的にやりたいこともあって、展覧会を観に行けてもブログを書く時間が取れないのではないかとちょっと危惧してます。しばらく更新が滞ることがあるかもしれませんが、ときどき覗いてやってください。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。


【参考】
2016年 展覧会ベスト10
2015年 展覧会ベスト10
2014年 展覧会ベスト10
2013年 展覧会ベスト10
2012年 展覧会ベスト10


美術展ぴあ2018 (ぴあMOOK)美術展ぴあ2018 (ぴあMOOK)

2017/12/26

熊谷守一 生きるよろこび

東京国立近代美術館で開催中の『熊谷守一展』を観てまいりました。

本展は熊谷守一の没後40年を記念しての展覧会。10年前の埼玉県立近代美術館の『熊谷守一展』や、4年前の豊島区立熊谷守一美術館の『熊谷守一美術館30周年展』などこれまでもたびたび守一の展覧会はありましたが、200点超のここまで大規模な回顧展は初めてではないでしょうか。

熊谷守一は個人的にも大好きな画家で、植物や昆虫、猫といった身近なモチーフを描いた親しみやすさ、アートアートした堅苦しさのないところが人気の秘密だと思うのですが、これだけ数が集まると大画家然とした感じが出て面白いですね。暗い色調の初期、フォーヴィズムやナビ派の影響を受けた中期、どんどんミニマル化してく晩年、それぞれ作品が充実していて見応えがあります。


1 闇の守一:1900-10年代

守一は東京美術学校で黒田清輝の指導を受けたそうで、初期は清輝が力を入れていた人体デッサンに基づく裸婦像を中心とした作品が並びます。晩年の明るい作品とは全然違って、どれも茶や黒が主体の薄暗い作品ばかり。どこかおびえたような不安げな表情が印象的な自画像「蝋燭」のように、暗闇のなか微かな灯りでようやくニュアンスが感じ取れるといった作品が多くあります。画風は変遷すれど、守一は闇と光というテーマに生涯取り組みつづけていて、本展でも構成の主要な軸をそこに置いています。

熊谷守一 「蝋燭」
明治42年(1909) 岐阜県美術館蔵

その中で、注目される作品が「轢死」。保存状態の問題から滅多に公開されない守一の代表作の一つです。絵具の油脂分が原因で劣化が進み、画面はほぼ全体が真っ黒で何が描かれてるか分からない程。誰かが横たわっているんだろうなということは何となく分かりますが、目を凝らしても細部は全く見えません。「轢死」は守一の中でも重要な位置を占め、“死”というテーマとともに、その後何度か焼き直し描かれます。


2 守一を探す守一:1920-50年代

フォーヴィズムに触発され、厚塗りで粗いタッチの作品が現れます。この時代は模索の時代というんでしょうか、画風は一定せず、とりたてて個性的なわけでも傑出しているわけでもなく、特筆する作品は多くありません。ただ、後年の明るい色彩と単純化された形への展開を考える上でいろいろ興味深いものがあります。

熊谷守一 「人物」
昭和2年(1927) 豊島区立熊谷守一美術館蔵

守一は5人の子供に恵まれますが、生活は苦しく、次男・陽が病気になったときも医者にみせることができず子供を死なせてしまいます。守一は陽の死顔を描いているうちに“絵”を描いている自分に気づき、自分が嫌になったと語ったといいます。絵具を乱暴に塗りたくったようなタッチとそのまま途中で止めた塗り残しからは我が子を失った守一の無念さと激しい感情が伝わってくるようです。

熊谷守一 「陽の死んだ日」
昭和3年(1928) 大原美術館蔵

「轢死」をふまえて描かれたという「夜」は黒くて全体が分からなかった「轢死」がどういう作品だったかをイメージさせてくれます。「夜の裸」は構図的には「轢死」や「夜」の延長線上にある作品だと思いますが、一方で、闇と光というテーマの中で、闇の中の逆光の表現として赤い輪郭線が現れているという点でとても興味深い作品です。

熊谷守一 「夜の裸」
昭和11年(1936) 岐阜県美術館寄託

やがて赤く太い輪郭線や少ない色数の色面で構成された作品にシフトして行きます。ちぎり絵やパッチワークのような作品、山や海、牧歌的な風景画など、まるでナビ派の作品を観るような感じがします。マティスぽい作品やゴーギャンを思わせる作品、ポール・セリュジェに似た作品など、西洋画の影響を受けたと思われる作品もいくつかあって、守一が実際に参考にしたとされる作品がパネルで紹介されていたりします。

熊谷守一 「日蔭澤」
昭和27年(1952) 愛知県美術館木村定三コレクション蔵


3 守一になった守一:1950-70年代

「ヤキバノカエリ」は結核で21歳で他界した長女・萬の遺骨を抱いて帰る家族3人を描いた作品。フォーヴィズムの画家アンドレ・ドランの「ル・ペックを流れるセーヌ川」を下敷きにしていると解説されていました。「轢死」にしても「陽が死んだ日」にしても「ヤキバノカエリ」にしても、守一の画風の変遷を語る上で鍵となる作品が死をテーマにしているのは何故なのか。死んで横たわる人の絵を縦にすると生き返ったように見えると、長女の死顔を縦に描いた「萬の像」は観ていて辛いものがあります。

熊谷守一 「ヤキバノカエリ」
昭和31年(1956) 岐阜県美術館蔵

普段なんとなく守一の作品を観てたときは気付かなかったのですが、彩度の低い中間色に明度の高い色をアクセントに入れたり、青地に赤の補色を使ったり、色彩の捉え方に高度な工夫がされていることを知りました。守一の赤い輪郭線が逆光の表現から生まれたという指摘がありますが、ナビ派が写実主義を否定し、印象派の光の表現に反対したところから生まれたのに対し、守一は単純化してもモノの本質は失われないし、光は表現できるという点で、アプローチがそもそも違うんだろうなと思ったりしました。

熊谷守一 「雨滴」
昭和36年(1961) 愛知県美術館木村定三コレクション蔵

守一といえば、猫。会場の一角に猫の絵がずらーっと並んだ一角があって、猫好きにはたまりません。猫にしても虫にしても花や草にしても雨滴にしても、極限まで単純化しているのに生き生きと見える不思議さ。独特の観察眼で対象の本質を掴んでいるといえば簡単ですが、何を描き何を省略するか、守一が描き出すユニークな世界に魅了されっぱなしです。

熊谷守一 「猫」
昭和40年(1960) 愛知県美術館木村定三コレクション蔵



【没後40年 熊谷守一 生きるよろこび】
2018年3月21日(水・祝)まで
東京国立近代美術館にて


へたも絵のうち (平凡社ライブラリー)へたも絵のうち (平凡社ライブラリー)