2016/02/27

米谷清和展

三鷹市美術ギャラリーで開催中の『米谷清和展 ~渋谷、新宿、三鷹~』に行ってきました。

そごう美術館の『福井県立美術館所蔵 日本画の革新者たち展』で観た米谷清和の「夏」にとても心惹かれ、調べていたら三鷹でちょうど展覧会をやっているというので早速拝見してまいりました。

米谷清和は長年、都会に暮らす人々の日常的な風景やその孤独をテーマに作品を描いていて、本展ではそうした作品の中から渋谷や新宿、三鷹の風景を中心に展示しています。

恥ずかしながら、今回の展覧会で初めてその名を知ったのですが、1947年生まれなので今年で69歳、バリバリ現役の日本画家。しかも多摩美の教授なのです。三鷹在住とのことで、地元開催の展覧会でもあるみたいです。出身は福井なので、先の展覧会ではそうした縁もあって作品が並んでいたんですね。

会場はそれほど広くないのですが、出品数は46点とかなり充実。割と大きなサイズの作品も多く見応えがあります。「渋谷」「新宿」「三鷹」という章立てになってるのですが、その表示がホームの駅名標になってるという遊び心も。

米谷清和 「夜」
1982年

会場の入口で米谷のインタビュー映像が流れていて、東京に上京してまず驚いたのが新宿駅の人混みの多さで、そこに行き交う人々に興味を持って、こうしたテーマの作品を描くようになったと語っていました。

出品作は1970年代後半から2000年代のものまでありますが、新宿駅や渋谷駅の風景を描いた作品の多くは1980年前後から1990年頃のもの。わたしは新宿と渋谷が大学の通学経路にあったものですから、学生時代は遊び呆けて、終いには新宿の近くに住み始めたりしたので、ちょうど時代的にも重なって、とても懐かしかったです。

米谷清和 「雪、降りしきる」
1985年 福井県立美術館蔵

同じ時代の写真を見るより感傷的に映るのはなぜでしょう。人々の表情や仕草から写真にはない情感的なものが伝わってくる気がします。寂しそうな老人、疲れたサラリーマンたち、表情のないOL、ラッシュアワーの人混み…。その絵は都会の喧噪の裏にある孤独や人生の悲哀を感じさせます。でも、彼らを見つめるその視線はどこか醒めているようで、同じように東京で孤独に戦う人々に対する優しさのようなものも伝わってきます。

米谷清和 「新宿5番線ホーム」
1976年

米谷の作品の多くは雲肌麻紙に岩絵具を使っているのですが、その粗くざらざらとしたマチエールや光沢が独特の仕上がり感を醸し出しています。これは実物を観ないと分かりません。

米谷清和 「電話」
1982年 佐久市立近代美術館蔵

新宿駅にも渋谷駅にもこういう公衆電話が並んでいましたよね。企業戦士を象徴するような絵面なんだけど、あんまり忙しなく感じないのは米谷の持ち味なのかもしれません。電話の注意板がまた細かい。

米谷清和 「真夜中の雨」
1991年

90年代以降の雨に濡れたアスファルトや光に滲む街を描いた作品もいい。にぎやかな街の陰に隠れた孤独の表情。光の揺らめきや水の波紋が抽象的な現代アートを思わせるようなものもあります。

米谷清和 「雨上がりの音・朝」
1998年

ただの懐かしい都会の風景というのではなく、そこに生きる人々の人間模様まで感じさせる良質の展覧会でした。休館日以外は毎日20時までやってるので、中央線沿線の人なら仕事帰りに行くこともできますね。


【米谷清和展 ~渋谷、新宿、三鷹~】
2016年3月21日(月・祝)まで
三鷹市美術ギャラリーにて

2016/02/17

村上隆のスーパーフラット・コレクション

横浜美術館で開催中の『村上隆のスーパーフラット・コレクション -蕭白、魯山人からキーファーまで-』を観てまいりました。

六本木で開催中の『村上隆の五百羅漢図展』に続いての村上隆の展覧会。とはいってもこちらは村上隆の作品ではなく、彼が蒐集したコレクションで構成されています。全然知らなかったんですが、実はアートコレクターとしても相当な方なんですね。

本展は、その村上隆のプライベート・コレクションをお目にかけましょうという企画でありつつ、村上隆の美意識の源泉や頭の中で考えていることを覗いてみましょうという意図もあるようです。

もう初日から(というより内覧会の時から)、驚きの声がTwitterのタイムラインに溢れていましたが、アートファンの度肝を抜いた理由がよく分かるユニークでカオスなコレクションでした。物量もスゴイのですが、独自の審美眼で集めた作品だけにどれも納得感のある面白さがあります。


日本・用・美

会場に入ると、いきなり蕭白。蕭白の面白さが全面に出ている屏風に、水墨の味わいがたまらない三幅の掛軸。なんか美術館にあってもいいような傑作ですよ。というか、この後に登場する全てが、個人コレクションというより美術館もうらやむようなコレクションなのですが。

[写真右] 曽我蕭白 「定家・寂蓮・西行図屏風」 江戸時代中期
[写真左] 曽我蕭白 「草山水図(左)」「寒山拾得図」「草山水図(右)」 江戸時代中期

となりには白隠。ちょっと先のところには仙厓なんかもあります。

[写真右から] 白隠慧鶴 「寿」「半身達磨図」「いつみても達磨」 江戸時代中期

[写真右から] 仙厓義梵 「布袋 画賛」「一橈一橈」 江戸時代中期
一休宗純 「初祖菩提磨大師達」 室町時代

村上隆のコレクションの中で、質量において群を抜いているのが陶磁器なんだそうです。考古学的にも貴重そうな中国の陶芸品もあれば、縄文土器や須恵器もあるし、桃山時代の志野茶碗や古九谷もあれば、薩摩の黒じょかもあったりと、ちょっとした陶磁器博物館を観ている気分。


「中国漢時代 裸人物像俑」 漢時代

スリップウェアもたくさんありました。いい趣味してます。


魯山人もいっぱい。一体いくらするんだろう。。。


コレクションの中心は基本的に現代アートと陶磁器、古美術という感じなんですが、戦後の日本美術も少しだけあって、田中一村とか持ってるのね。またこれがいい絵で。うらやましい。

[写真右] 井上有一 「宮沢賢治童話『よだかの星』」 1984年(昭和59年)
[写真左] 井上有一 「魚行水濁」 1984年(昭和59年)

[写真右] 田中一村 「梨花」 1948年(昭和23年)
[写真左] 山元作兵衛 「明治 仕操方」 1957年(昭和32年)以降

第一展示室と第二展示室の間のスペースには奈良美智作品の幌馬車が。中には入れませんが、入口や窓から覗けます。なかなか凝っててかわいい。

奈良美智 「California Orange Covered Wagon」 2008年


お絵かき教室?かなと思ったら、これもれっきとした現代アート。紙やクレヨンなども用意してあって、ちゃんとデッサンができます。下の写真は開館してすぐだったので人もまばらですが、帰りがけに覗いたときは席がみんな埋まってました。子どももいれば大人もいるし、楽しそう。

デイヴィット・シュリグリー 「ヌードモデル」 2012年


村上隆の脳内世界

ガラクタ倉庫かおもちゃ箱か。マネキン?や仏像、陶器の狛犬、よく分からない置物やオブジェ、アンティーク家具、たぶん奥の木箱やシャツなんかもコレクションの一部なのかもしれません。価値がありそうなものもあれば、そうでなさそうなものもあって、正に玉石混淆。まるでインスタレーションのようで面白い。




1950-2015

村上隆のコレクションの主要な柱である50年代から現在までの国内外のアート作品がほぼ制作年の順に並べてあるのだそうです。ノスタルジーを感じるもの、リアルタイムで見てきたもの、昔から欲しかったもの、自身の創作活動に影響を与えたもの、同じアーティストとして羨んでいたもの、さまざまなものがあるんだと思います。こうした作品群が村上隆の創作意欲を掻き立たせたのかなと、いろいろと思ったりしながら観ていました。 

[写真右から] アンディ・ウォーホル 「男性器と男性像(秘部)」 1952年
ピーター・ヒュージャー 「アンディ・ウォーホル(Ⅲ)」 1975年
アンディ・ウォーホル 「無題(フォーチュン)」 1953年
篠山紀信 「三島由紀夫(1968 東京)」 1968年
荒木経惟 「センチメンタルな絵」 1971年


ホルスト・ヤンセンやジュリアン・シュナーベル、ウォーホルもあれば、ヘンリー・ダーガーもある。奈良美智の作品もそこかしこにある。絵画や写真だけでなく、フィギュアやオブジェっぽいのも多い。



現代過ぎると、ほとんど詳しくないので、よく分かってないで観ているんですが、たぶん現代アートファンやコレクター垂涎の作品もあるんでしょうね。



村上隆って猫が好きなんだ、写真までコレクションしてと思ったら、なんと色鉛筆で描かれていた! 吉村大星という日本人アーティストの作品でした。これすごい。



このウルトラマンかっこいいなぁと気になって、家に帰って調べたら、この村上祐二という方は村上隆の弟さんなんですね。しかも日本画家。えっこれ日本画なの? 気づかなかった。もう一度見直したい。

[写真右] 村上祐二 「ウルトラマンがやってきた」 2012年
[写真左] 村上祐二 「エメリウム光線」 2012年

畠山直哉 「Blast」 1995年

最後のスペースに飾られていたキム・ジョンギという人のイラストがまた緻密でビックリしました。若手アーティストの作品も積極的に購入してるんでしょうね。

[写真左] キム・ジョンギ 「寿司屋での昼食」 2015年
[写真右] キム・ジョンギ 「宴会」 2015年

会場エントランスのグランドギャラリーには巨大なオブジェがいくつも。吹き抜けの広い空間だから置けるんですが、こんなの普段はどうやって保管してるんだろう。。。


森美術館の展覧会と同じくこちらも写真撮影OKです。太っ腹! (ただしフラッシュは禁止ですよ)


【村上隆のスーパーフラット・コレクション -蕭白、魯山人からキーファーまで-】
2016年4月6日(日)まで
横浜美術館にて


芸術起業論芸術起業論


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2016/02/14

福井県立美術館所蔵 日本画の革新者たち展

横浜のそごう美術館で開催中の『福井県立美術館所蔵 日本画の革新者たち展』を観てまいりました。

そごう美術館では全国の美術館の名品を紹介するシリーズをスタートするそうで、その第一弾に選ばれたのが福井県立美術館。個人的には岩佐又兵衛の作品目当てで観に行ったのですが、日本美術院の面々など近代日本画の作品が予想外に充実していて驚きました。

コレクションの成り立ちはよく知りませんが、岡倉天心の父が福井藩士だったという縁もあって、天心と関係の深い日本美術院の画家の作品を多く有しているようです。天心自身は生まれは横浜とのことなので、所縁の地での展覧会といえるのかもしれません。



戦後の日本画

まずは戦後の日本画コレクションを拝見。
最初に加山又造の「駱駝と人」があって、背景は遺跡でしょうか、『アラビアのロレンス』的なイメージを喚起させます。シュルレアリスムや未来派ぽい造形で動物を描いた一連のシリーズのひとつで、又造は“浪漫的甘美さ”と言い表したようです。

大きな横長の画面に黒々と描かれた横山操の「川」が圧巻。小栗康平の『泥の河』を彷彿とさせる民家が密集した川沿いの町を描いた絵で、なにか物寂しさというか、戦後の貧しさが伝わってくるようです。この時代の横山は黒を基調とした躍動感のある作品をいくつも残していますが、その独特の黒い色は、高価な絵具を買えないので銭湯の煙突掃除で出た煤を貰い顔料に混ぜて描いたといいます。

 
横山操 「川」 昭和31年(1956)

印象的だったのが横山操に師事したという米谷清和の「夏」。そぞろ歩くお年寄りたちを描いた絵で、横山操とは180度反対のほのぼのとした作品。おばあちゃんの腰の曲がり方といい、ガニ股具合といい、よたよた歩く姿がたまらないですね。


岡倉天心ゆかりの画家たち

日本美術院関係の作品だけで25点(前期展示含まず)あって、ボリュームもさることながら、なかなかの優品揃い。これだけのコレクションを貸し出してしまってもいいぐらい福井県立美術館は優れた近代日本画をコレクションしているということなのでしょう。

狩野芳崖 「伏流羅漢図」 明治18年(1885)

近代日本画のはじまりは芳崖。狩野派というより牧谿的な湿潤な空気を感じる「柳下放牛図」や、劇画的なタッチと独特の色彩感が新しい「伏流羅漢図」、それぞれに芳崖の確かな技術と独創性を見ることができます。

雅邦も雅邦らしいしなやかで強い線描と明暗をつけ立体感を出した水墨の表現が素晴らしい。大観は大観の、春草は春草の、観山は観山の、それぞれの特徴が表れた“らしい”作品が並びます。

橋本雅邦 「天保九如図」 明治30年(1897)頃

大観は「海-月あかり」、「杜鵑」という朦朧体を大胆に活かした作品があって、とりわけ「海-月あかり」は荒れた海なのに静寂さに包まれていて強く惹かれました。とても現代的というか、明治時代にこんな日本画があったことにも驚きます。大観が渡米するとき船上から見た光景ではないかともいわれているそうです。

横山大観 「海-月あかり」 明治37年(1904)

菱田春草 「海辺朝陽」 明治39年(1906)

春草では「海辺朝陽」はすごくいい。浜辺と海と朝陽の三重奏。朦朧体の淡いタッチと暖色の柔らかな色彩が早朝の穏かで静かな海の光景を見事に表現しています。春草も大観とともに渡米し、ヨーロッパを回っているので、海外で見た海の景色なのかもしれません。ホイッスラーに似た作品(「青色と銀色のハーモニー」)があるので、もしかしたらホイッスラーの絵に感化されたのかもしれません。

本展の目玉にもなっている「落葉」は東京国立近代美術館の『菱田春草展』でも強く印象に残った作品。晩秋の代々木を描いたという話ですが、明治時代の代々木はまだ武蔵野の光景が広がっていたんですね。

ここでは春草の「落葉」のほかに、大観、下村観山、木村武山のそれぞれ六曲一双の大型の屏風がずらーっと並んでいて正に壮観。どれも持ち味があっていいのですが、個人的には寿老人と玄鹿を描いた観山の「寿星」と林和靖と鶴を描いた武山の「林和靖」に惹かれました。

菱田春草 「落葉」 明治42~43年(1909-10)

ほかにも、セザンヌに傾倒していたという奥村土牛の「晴日」や、その土牛を描いた「O氏像」、活き活きした群像表現が魅力的な今村紫紅の「日蓮辻説法」など印象的な作品が多くあります。その中でも満開の桜を俯瞰で描き、花見する人や散策する人を見下ろす構図が面白い川端龍子の「花下行人」は好きですね。歩く人が軍服だったりと時代を感じます。

川端龍子 「花下行人」 昭和15年(1940)


岩佐又兵衛

そして又兵衛。「三十六歌仙図」と「和漢故事説話図」が来ているということで観に来たわけですが、旧金谷屏風の「龐居士図」が出ているのは知らなかったのでビックリ(あまり事前に調べないものですから…)。かなり得した気分になりました。ほかの旧金谷屏風にも共通した巧みな線描と淡い色彩のバランスが見事です。

岩佐又兵衛 「龐居士図」

「三十六歌仙図」はもとは画帖で、現在は軸装された22図だけが残っているとか。本展ではその内、12図が出品されています。又兵衛はたびたび三十六歌仙図を描いていますが、本作は福井時代前期の作だそうです。男性も女性も顔はいわゆる豊頬長頤で、的確で繊細な線や着物の文様、金銀泥も使った彩色など期待に違わぬ素晴らしさ。さすがに12図も並ぶと見応えがあります。

岩佐又兵衛 「三十六歌仙図 三条院女蔵人左近」 江戸時代・17世紀

岩佐又兵衛 「三十六歌仙図 紀友則」 江戸時代・17世紀

「和漢故事説話図」は全12点。展示替えの関係で後期展示では8図のみしか拝見できませんでしたが、これも傑作。こちらは福井時代後期、円熟期の作品というだけにドラマティックな描写や豊かな人物表現、緩急自在な巧みな筆致は言うことなし。又兵衛の古浄瑠璃絵巻を彷彿とさせるところもあったりして、とても興味深いものがあります。

岩佐又兵衛 「和漢故事説話図 近藤師経と寺僧の乱闘」 江戸時代・17世紀

岩佐又兵衛 「和漢故事説話図 浮舟」 江戸時代・17世紀

いま、デパート系の美術館で一番企画力があって満足度の高い展覧会をしてくれるのが、ここそごう美術館だと思います。これからはじまる日本各地の美術館シリーズ、とても楽しみですね。


【福井県立美術館所蔵 日本画の革新者たち展】
2016年2月16日まで
そごう美術館にて


岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品

2016/02/09

英国の夢 ラファエル前派展

Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の『英国の夢 ラファエル前派展』を観てまいりました。

本展はイギリスのリバプール国立美術館が所蔵する作品で構成された展覧会。リバプール国立美術館とはリバプールの7つの美術館の総称で、特にウォーカー・アント・ギャラリー、レディ・リヴァーアート・ギャラリー、サドリー・ハウスの3館はラファエル前派の傑作を有する美術館として知られているのだそうです。今回はその中から65点の作品が来日しています。

ラファエル前派は昔は苦手で、真面目に観るようになったのはブログを初めてから。まぁいろいろ観ているうちに、最近では免疫もできてきたようです(笑)

ここ数年のラファエル前派の展覧会みたいな特別有名な作品が来てるわけじゃないですし、ちょっと地味という感想も聞こえるように少し玄人好みな気もしないでもないですが、その分クオリティで勝負というか、なかなか充実した内容になっています。


Ⅰ ヴィクトリア朝のロマン主義者たち

展覧会の構成は、基本的に時代に沿った流れになっているのですが、ラファエル前派の変遷をただ追うのではなく、それぞれテーマを設けて、ラファエル前派の魅力を探っていこうとしています。

まずはミレイ。ミレイとロセッティ、ハントの3人により「ラファエル前派兄弟団」が結成されたのが“ラファエル前派”のはじまりといわれていますが、ここではミレイの作品を中心に、ロセッティや同時代のシメオン・ソロモンやフォード・マドックス・ブラウンらの作品が紹介されています。

ジョン・エヴァレット・ミレイ 「いにしえの夢-浅瀬を渡るイサンブラス卿」
1856-57年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵

ジョン・エヴァレット・ミレイ 「春(林檎の花咲く頃)」
1859年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵

ロセッティは、まあ耽美的なムードだけで、技巧の面では正直言って下手ですが、その点ミレイは天才少年として早くから才能を開花した人だけあって、イメージを喚起する豊かな物語性やその細緻な表現力には舌を巻きます。ただ、「いにしえの夢」は馬が不釣り合いに大きいからと後年になっても手直していたり、ほかの絵でも背丈に比べて顔が小さ過ぎたりと時々バランスが悪かったりするのがあって、リアリズムよりもイメージに走ったところがあるのかなとも感じます。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 「シビラ・パルミフェラ」
1865-70年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵


Ⅱ 古代世界を描いた画家たち

古代神話を主題としたスタイルはラファエル前派の大きな特徴のひとつですが、ここでは古代の憧憬を謳った画家たちにスポットを当てています。

フレデリック・レイトン 「プサマテー」
1879-80年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵

イギリスにおける新しい絵画形式はフレデリック・レイトンが英国へ帰国したことにはじまったと解説がされていて、そのあたりは詳しくないのでよく分からないのですが、レイトンはフィレンツェやパリで学び、1859年に帰国してるんですね。19世紀のロマン主義や新古典主義を本場で学んできたレイトンの作品は反アカデミー芸術を掲げた若い画家たちに大きな影響を与えたことは想像に難くありません。レイトンはラファエル前派の画風とはちょっと違いますが、確かにアングルあたりに近いなと感じるところがいくつかあって、「プサマテー」や「書見台での学習」など印象深い作品があります。

ローレンス・アルマ=タデマ 「お気に入りの詩人」
1888年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵

ローレンス・アルマ=タデマ 「テピダリウム」
1881年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵

本展は、いわゆるラファエル前派の中心メンバーに固執することなく、幅広くヴィクトリア朝絵画の画家をしっかり取り上げていて、またそれが興味深い画家や作品が多く、個人的には一番の収穫だったかなと思います。

そのひとりがローレンス・アルマ=タデマ。2014年の『ザ・ビューティフル展』にも作品は出ていましたが、今回は5点もあって、何れも素晴らしく目を見張るものがあります。古代の神話に触発された作品と違い、まるで古代ローマの日常生活にタイプスリップしたかのような古今折衷的なものが多く、その写実性の高さもさることながら、幻想性や官能性、またファッション性の高さといった点でも想像を掻き立てるものがあります。

チャールズ・エドワード・ペルジーニ 「シャクヤクの花」
1887年に最初の出品 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵

もうひとり特筆したいのがペルジーニ。洗練された家庭の日常の何気ない光景を描いた画家だそうですが、女性のちょっとした視線や表情、その美しさといい、衣服や花の質感や表現力といい、抜群の巧さです。

アーサー・ハッカー 「ペラジアとフィラモン」
1887年 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵

アーサー・ハッカーの「ペラジアとフィラモン」にも惹かれました。19世紀に人気のあった歴史小説の一場面らしいのですが、瀕死の女性の肉体的な表現の素晴らしさと、そばでじっと見つめる修道士(実は女性の兄)というドラマを感じさせる描写、画面奥でじっと見つめるハゲタカという構図が印象に強く残ります。

アルバート・ジョゼフ・ムーア 「夏の夜」
1890年に最初の出品 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵

ラファエル前派らしいといえば、ムーアの「夏の夜」。その美しさにただひたすら見惚れてしまうという唯美主義の典型のような作品。ほんと綺麗。


Ⅲ 戸外の情景

この章は、19世紀後半の反アカデミズムの一つの流れを紹介するという意味合いなんだと思いますが、ウィリアム・ホルマン・ハントがあったとはいっても、章のテーマはラファエル前派の傾向とも相容れないところがあるし、また別にフランスの自然主義や印象派を意識した作品が並んでるわけでもないし、いまひとつまとまりきれてない感じがしました。

フレデリック・ケイリー・ロビンソン 「バルコニー」
1920年 レディ・リヴァー・アートギャラリー蔵

ここで興味を惹いたのが、フレデリック・ケイリー・ロビンソンの「バルコニー」。写真を意識したような構図と装飾画的な色合いが秀逸です。それと、もう完全にラファエル前派のカラーではありませんが、ジェイムズ・ハミルトン・ヘイの「流れ星」がとても印象的でした。どこかホイッスラーのノクターンを思わすような静謐な画面。小さく星が瞬き、遠くにひと筋の流れ星が走っています。

ジェイムズ・ハミルトン・ヘイ 「流れ星」
1909年 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵


Ⅳ 19世紀後半の象徴主義者たち

最後に、バーン=ジョーンズ、ワッツ、ウォーターハウスという19世紀後半のラファエル前派第二世代の作品を中心に展観していきます。

まずはワッツからで、「十字架下のマグダラのマリア」が白眉。よくある画題ですが、宗教画にありがちな表現や構図とは全く違って、生身の人間というか、絶望に打ちひしがれる一人の女性として描いているのが当時としては斬新だったのではないだろうかと感じます。代表作「希望」の下絵もありました。

エドワード・バーン=ジョーンズ 「フラジオレットを吹く天使」
1878年 サドリー・ハウス蔵

エドワード・バーン=ジョーンズ 「スポンサ・デ・リバノ(レバノンの花嫁)」
1891年 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵

バーン=ジョーンズは3mぐらいある大作「「スポンサ・デ・リバノ(レバノンの花嫁)」」が圧巻。独特の力強い線や陰影の強い描き方、平面的な構図など、いかにもバーン=ジョーンズらしい作品です。「フラジオレットを吹く天使」も素晴らしい。まるで中世のフレスコ画のような淡い色彩と、色鉛筆で細かく描いたかのような丁寧で繊細な筆触には溜息が漏れます。

ウォーターハウスはどれも大作が並んでいました。メインヴィジュアルにもなっている、美少女・美青年たちが楽しげに会話をする「デカメロン」もいいのですが、泉に映った自分の姿に恋をするナルキッソスにエコーが声をかけられないでいるという神話を描いた「エコーとナルキッソス」に見惚れました。ウォーターハウスって、嫌味なぐらい美しく飾りたてるというか、これ見よがしの美しさがまたたまらないんですよね。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「エコーとナルキッソス」
1903年 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵

ここではほかに、初めて聞く名前かもしれませんが、スタナップのメルヘンチックな「楽園追放」が面白い。アダムとイヴを追放する天使が甲冑なんか着てるものですから全然天使に見えないのですが、その甲冑がちょっと立体的に描かれていたり、絵全体がとても装飾的である以上に細かな木彫りの細工がされた額がまた見事で、かなり気になる作品でした。

ジョン・ロダム・スペンサー・スタナップ 「楽園追放」
1900年に最初の出品 ウォーカー・アート・ギャラリー蔵

金曜日の夜間開館に観に行ったのですが、金土は21時まで開いているというのが勤め人にはとても嬉しいですね。夜間開館とはいえ仕事帰りに行くと、閉館時間を気にして絵に集中できないこともしばしばなのですが、さすがに21時までやってると時間を気にせずゆっくり観られます。夜は空いてていいですよ。


【リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展】
2016年3月6日(日)まで
Bunkamura ザ・ミュージアムにて


ウォーターハウス夢幻絵画館 (ToBi selection)ウォーターハウス夢幻絵画館 (ToBi selection)



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