2017/09/16

月岡芳年 月百姿

太田記念美術館で開催中の『月岡芳年 月百姿』を観てまいりました。

先月まで開催していた『月岡芳年 妖怪百物語』につづいて、月岡芳年の代表作「月百姿」シリーズの全点を公開するというファン待望の展覧会。わたしも全点観るのは初めてです。

「月百姿」は、月をテーマにした作品100点からなる摺物シリーズ。最晩年の47~54歳にかけて制作されたもので、『月岡芳年 妖怪百物語』で紹介されていた「和漢百物語」シリーズや「新形三十六怪撰」シリーズのようなダイナミックさや奇抜さは影を潜め、物語主体の表現や情緒的な描写が印象的です。

同じ月をテーマにしているといっても、さすが100点もあるとヴァリエーションも豊か。会場は、<美しき女たち>、<妖怪幽霊・神仏>、<勇ましき男たち>、<風雅・郷愁・悲哀>と4つのカテゴリーに分けて紹介されています。


まずは小野小町と紫式部という平安王朝を代表する女流歌人を描いた作品が興味深い。紫式部は石山寺の有名な場面で、『源氏物語』のイメージを膨らませているのか、ほおづえをついて月をぼんやりと眺めています。一方の小野小町は、深草少将の怨霊に取り憑かれた小町が老いて乞食になる能の『卒都婆小町』を描いたもの。かつて絶世の美人と謳われた姿からは想像もできない老婆となって月を見つめています。

月岡芳年 「月百姿 卒塔婆の月」
明治19年(1886)

月岡芳年 「月百姿 きぬたの月 夕霧」
明治23年(1890)

この日は山種美術館で『上村松園 -美人画の精華-』を観た足で伺ったのですが、松園の「砧」と同じ画題の作品がありました。松園の「砧」は夫の帰りを待ち立ちすくむ妻の姿を描いていますが、芳年の「砧」は夫の身を案じながら砧(洗濯した布を棒で叩いて皺をのばすための道具)を打つ場面そのものが描かれていて、そばには松園も最初は描くつもりだったという腰元の夕霧が静かに座っています。

ほかにも『上村松園 -美人画の精華-』に出品されていた作品(松園作品ではありませんが)と共通の画題では『平家物語』の小督を描いた「嵯峨野の月」、『源氏物語』の夕顔を描いた「源氏夕顔巻」が展示されているので、違いを観るのも面白いかも。

月岡芳年 「月百姿 名月や畳の上に松の影 其角」
明治18年(1885)

「名月や畳の上に松の影」は芭蕉の弟子・其角の俳句を描いた作品。月そのものは描かず、畳に映る松の影で月夜の風情を表現した風流な一枚です。抱一か其一かという感じの琳派風の屏風がまたいいですね。

月岡芳年 「月百姿 孤家月」
明治23年(1890)

妖怪や幽霊を描いた作品は、それまでの観る人を脅かすような恐怖を煽る演出はあまりなく、どちらかというと物語の一場面を切り抜き暗示的に描くなど、物語性の高さをより感じます。「孤家月」は“浅茅ヶ原の鬼婆”として知られる伝説を描いたもの。鬼婆を描いた芳年の作品というと、妊婦を逆さづりした恐ろしい「奥州安達が原ひとつ家の図」を思い浮かべますが、ここでは縄の先を描かず(縄には石が吊るされていて、石を落して人を殺そうとしている)、隙を窺う鬼婆だけを描いています。

月岡芳年 「月百姿 大物海上月 弁慶」
明治19年(1886)

「大物海上月 弁慶」は有名な「船弁慶」を描いた作品。芳年の「新形三十六怪撰」にも「大物之浦ニ霊平知盛海上に出現之図」という平知盛の亡霊に立ち向かう弁慶の姿を描いた作品がありますが、「月百姿」の「弁慶」は俄かに海が荒れ出し、この先を暗示しているかのよう。

月岡芳年 「月百姿 山城 小栗栖月」
明治19年(1886)

月岡芳年 「月百姿 雪後の暁月 小林平八郎」
明治22年(1889)

物語の脇役にスポットを当てている作品がいくつかあったのも興味深いところ。「山城 小栗栖月」は本能寺で織田信長を襲撃した明智光秀を討とうと竹やぶに身を潜める村人を描いたもの。「雪後の暁月 小林平八郎」は『忠臣蔵』の吉良上野介側の侍を描いたもの。表舞台には決して出ない人々を描くことで、“月”の寂しさや切なさを強調しているのかもしれません。

月岡芳年 「月百姿 名月や来て見よかしのひたい際 深見自休」
明治20年(1887)

深見自休は江戸の侠客。歌舞伎『助六』の髭ノ意休のモデルともいわれています。桜吹雪の中夜道を堂々と歩く大きな背中がかっこいい。着物の黒は一見無地に見えるのですが、ちょっと下から覗きこむと市松模様の正面摺りが施されているのが分かります。

月岡芳年 「月百姿 烟中月」
明治19年(1886)

火事と喧嘩は江戸の華。江戸火消を描いた「烟中月」もかっこいい。あえて纏持ちの動きを止めることで火災の激しさがより強調して見えます。

月岡芳年 「月百姿 あまの原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも」
明治21年(1888)

美しく輝く月を見ながら、遠い故国の三笠の山にかかる月を思い浮かべる阿倍仲麻呂。何ともしみじみとした一枚ですね。シンプルなんだけど、仲麻呂の和歌とともに心に深く響きます。

月岡芳年 「月百姿 たのしみは夕顔だなのゆふ涼男はててら女はふたのして」
明治23年(1890)

久隅守景の「納涼図屏風」を思い出さずにはいられない一枚。直接描かれてはいませんが、妻は乳飲み子を抱いてるんでしょうか。夫はちょっとお酒でも入ってるのでしょうか。リラックスして楽しそう。観てるこちらにも夫婦の屈託のない会話や涼しい夜風が感じられるようです。

「盆の月」も面白い。天に昇っていくかのような構図。はっちゃけた盆踊りの雰囲気がとても伝わってきます。

月岡芳年 「月百姿 盆の月」
明治24年(1891)

ほかにも印象的な作品がいくつもあって、全部紹介しきれないほど。「月百姿」は芳年の展覧会では必ず並ぶぐらいの代表作ですが、全点揃うことはあまりありません。状態もとても良く、見応えがありました。月が照らし出す世界はみんな趣き深い。


【月岡芳年 月百姿】
2017年9月24日(日)まで
太田記念美術館にて


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